わかやまジビエを支える名サプライヤー いの屋
農水省も一目置く目利きと解体のプロが揃う、和歌山県第一号の認証処理施設
今でこそおいしい「食材」として認知されるジビエも、かつては狩猟の獲物。和歌山に、特に山間部に住む人は「お金を出して食べるもの」というよりも「猟師さんからもらうもの」なんてイメージを持つ人も多かったのではないでしょうか。
頭数が増え、山や畑を荒らすようになったことから、獣害対策の意味合いでもイノシシやシカが肉として販売されるようになった今、改めて衛生管理の徹底が不可欠になりました。
和歌山県がHACCPの考え方に基づくジビエ処理施設の衛生管理ガイドラインを定めたのが平成21年のこと。野生動物であるシカやイノシシの食品衛生面をいかに担保するか。
それまで課題となっていたこの問題に対し厳しいガイドラインを策定し、解体処理を行う事業所に対して指導を徹底することに。そして、その第一号の処理施設として名乗りを挙げたのが、和歌山市藤田の「いの屋」でした。
のどかな田園風景が広がる山口地区に建ついの屋。この施設を営むのはわかやまジビエ振興協議会や和歌山鳥獣保護管理捕獲協会の会長も務める北浦順嗣さん。
なんと狩猟歴は半世紀以上の現役ベテランハンターでもあります。しかも猟のグループ内で、犬を使って獲物を追い込む要のポジション・勢子として長年活躍し続けているリーダー的な存在というからお見それしました。毎年仕留める頭数は約150頭にものぼります。眠らせる(余らせる)位なら獲った分は販売してはどうかと施設を立ち上げました。
処理施設を作ったところ、ハンター仲間から「獲りすぎた分を買ってくれよ」と声がかかるようになったそう。
ところが当時は市場にジビエが浸透しておらず「最初のうちは月30頭売るのがせいぜい。それすら苦労した」。それでも獲れる分を買い取っていると、赤字ばかりになってしまいます。学校給食などでも扱うようになったことから徐々に販売数も増加。3年ほど前に年間約600頭あった仕入れを半分に減らし、その分品質のいいものを見極めるスタイルにシフトしました。
「よい肉かどうか、解体前にわかるんですか?」と素朴な疑問をぶつけてみたところ、答えは「もちろん、見ればすぐわかる」。大きすぎると硬くて匂いがきつい。中には硬い肉や獣の匂いを好む人もいるけれど、ベストは2〜3歳の若いメスの肉。他にも、肉付きや締め方など、見方はさまざま。聞くと、北浦さんはジビエの等級審査の認証員でもあるのだそう。等級審査は皮のはぎ方や肉の切り方も含めた枝肉の目利きですが、北浦さんの場合は解体前から見極めているということ。さらにその目利きは関係者誰もが「間違いない」と声を揃える、目利きのプロなのです。
そしてもう1人、「いの屋」を語るに外せない人がいます。取材時は会えなかったのですが、解体師の北岡さん。ジビエの解体に関わって15年ほどですが、その倍の年月をと畜場で働いてきたいわば解体のプロフェッショナル。通常北浦さんで2時間程度かかる解体も、北岡さんの手にかかると1体30分ほど。その流れるような捌きと断面の美しさは同業者も手放しで賞賛する、全国レベルの腕の持ち主。
いの屋さんの扉を開けてすぐ右手には、広い休憩室のようなスペースがあります。視察や研修の場所として設けられたそのスペースは、主に全国各地から関係者が視察に訪れているとのことでした。
いの屋で引き取っているのは基本的に罠猟で捕らえたイノシシやシカ。頭や肩を撃ったものを除き、猟銃で仕留めた個体は引き取りを断っています。そうして安全を期した個体を北浦さんが目利きし、北岡さんが捌き、肉にする。2人のプロを経た肉は、さすがの美しさ! ため息の出そうなきれいな赤身と、厚みある脂身の2層が鮮やかです。
仕留めの技や時間をおかずに手際よく解体することで、こんなに美しく、またおいしい肉に変貌を遂げるのかと感動します。実際いの屋の肉はジビエ特有の獣臭さや癖をほとんど感じないと、飲食店の店主らもその扱いやすさを語ります。
最近では生肉だけでなく、さまざまな加工食品も作っています。イノシシの大和煮やトマト煮、ジビエソーセージ、そして最近誕生したのが、その名も「紀州マタギカレー」。シカ入りとイノシシ入りの2種があり、どちらも肉の食感をしっかり感じられるものの、そこに獣臭さは一切感じません。中辛のピリリとコクのある欧風の味わいが食後にもおいしい余韻を残します。1杯でタンパク質やビタミン、鉄分などが豊富に入ったジビエを気軽に食べられるレトルトタイプのカレー、まずはジビエの入口にはちょうどいいのかもしれません。
手に入れたい場合は、電話注文以外に、休暇村紀州加太などでも購入できるそうです。実はパッケージの箱の裏には北浦さんからのメッセージもあるのですが、その内容はぜひ直接ご覧になってください。
原点は獣害への想いと山への感謝
「困っている人の役に立ちたい」。北浦さんの根底に流れているのはこの想いです。
1体から獲れる肉の量やそこにかかる手間、人件費、衛生管理のための機械や流通のコストを考えると、本当のところ赤字続きというのが実情です。それでも北浦さんがいの屋を続けるわけ、それは獣害に苦しむ人の助けになりたいという想いでした。狩猟グループの勢子として長年活躍してきた北浦さんだからこそ、山の経験を生かしてできることが、獣害を減らすために罠を仕掛け、最後までおいしい肉として流通させることでした。
それは、困っている人の助けになるだけでなく、山からの恵みをいただくということ、何より山への感謝の証にもなります。山に分け入り生命のやり取りを交わすたび、心に刻む感謝の想いが、いの屋とわかやまジビエを支えています。
Shop Information
いの屋
住所 | 和歌山市藤田41-1 |
---|---|
電話番号 | 073-461-5102 |
営業時間 | 9:00〜17:00 |
定休日 | 土曜・日曜・祝日 |